ベトナムでは、社会保険(BHXH)、医療保険(BHYT)、失業保険(BHTN)の3つの保険制度が整備されており、企業と従業員の双方に加入義務があります。
日系企業にとっては、「誰が加入対象になるのか」「どの金額を基準に計算するのか」が分かりにくく、実務上の悩みになりがちです。
本記事では、ベトナムの社会保険について、加入の基準と計算方法を中心に整理し、日本企業が押さえておくべきポイントをまとめます。
1. ベトナム社会保険の加入対象
まずは「誰が社会保険に加入しなければならないのか」を確認します。基本的な考え方は、ベトナム企業と一定期間以上の労働契約を結んでいる従業員が対象です。
1-1. 基本的な加入対象者
- 労働契約が 1年以上の従業員
- 労働契約が 3ヶ月以上の従業員(短期契約含む)
- フルタイムのローカルスタッフ
- 条件を満たす外国人労働者(駐在員を含む)
ポイント:
原則として 3ヶ月以上の労働契約 がある従業員は社会保険加入の対象になります。パートタイムや短期契約の場合でも、契約形態によっては対象となる場合があるため、労働契約書の内容を確認することが重要です。
2. 外国人(駐在員)の社会保険加入義務
2018年の政令143号により、一定の条件を満たす外国人労働者もベトナム社会保険の加入対象となりました。ただし、日本人駐在員などには例外もあり、判定を誤るとリスクにつながります。
2-1. 加入が必要となる主なケース
- 有効な労働許可証(Work Permit)を持っている
- ベトナム企業と直接、労働契約を締結している
- 給与支給がベトナム側で発生している
- 契約期間が一定期間(例:1年以上など)継続する前提である
2-2. 加入が不要となる代表例
- 日本の社会保険に加入しており、それを証明する書類(A1フォーム等)がある
- 日本本社とのみ雇用契約を結び、ベトナム企業とは直接契約していない
- 短期プロジェクトでの派遣など、労働許可証の期間が短く継続雇用を想定していない
注意:
駐在員の取り扱いは、労働契約の形態や社会保険の二重加入回避の取り決めなど、個別判断が必要になります。現地の会計事務所や専門家と連携して方針を整理しておくことが重要です。
3. 社会保険・医療保険・失業保険の構成
ベトナムの公的保険制度は、大きく次の3つで構成されています。
| 区分 | 略称 | 主な目的 |
|---|---|---|
| 社会保険 | BHXH | 老齢・疾病・出産・労災・死亡などに備えた給付 |
| 医療保険 | BHYT | 医療費の一部負担軽減 |
| 失業保険 | BHTN | 失業時の給付および職業訓練の支援 |
これら3つの保険に対して、従業員と会社がそれぞれ決められた割合で保険料を負担します。
4. 保険料の負担割合と対象給与
社会保険料の計算は、「社会保険対象給与(Insurance Salary)」 と呼ばれる金額を基準に行います。この対象給与に対して、法律で定められた割合を乗じて保険料を計算します。
4-1. 従業員・会社それぞれの負担割合(代表例)
| 区分 | 従業員負担 | 会社負担 |
|---|---|---|
| 社会保険(BHXH) | 8% | 17.5% |
| 医療保険(BHYT) | 1.5% | 3% |
| 失業保険(BHTN) | 1% | 1% |
4-2. 対象となる手当・ならない手当
対象給与に含めるべきかどうかは、企業の給与規定や法令解釈によって判断されます。一般的な例は次の通りです。
対象になることが多い手当
- 基本給
- 職務手当・責任手当
- 役職手当
- 技能手当・勤務手当 など
対象外となることが多い手当
- 食事手当
- 交通手当
- 住宅手当
- 電話・通信手当
- ボーナス(一時金)
注意:
どの手当を対象とするかを曖昧なまま運用すると、後から「過剰徴収」「不足徴収」が発覚する原因になります。社内規程に明記し、会計事務所や税務アドバイザーとも認識を合わせておくことが重要です。
5. 社会保険料の計算方法
ここからは、具体的な計算式を見ていきます。まずは従業員負担分と会社負担分の基本的な計算式です。
5-1. 従業員負担分の計算式
社会保険(BHXH) = 対象給与 × 8% 医療保険(BHYT) = 対象給与 × 1.5% 失業保険(BHTN) = 対象給与 × 1%
5-2. 会社負担分の計算式
社会保険(BHXH) = 対象給与 × 17.5% 医療保険(BHYT) = 対象給与 × 3% 失業保険(BHTN) = 対象給与 × 1%
実務上は、これらの金額を給与計算システムやExcelで自動計算し、毎月の給与明細および政府への申告・納付に反映させます。
6. 計算例:対象給与 10,000,000 VND の場合
対象給与が 10,000,000 VND の従業員を例に、従業員負担分と会社負担分を試算してみます。
6-1. 従業員負担分
- 社会保険(BHXH)8%:800,000 VND
- 医療保険(BHYT)1.5%:150,000 VND
- 失業保険(BHTN)1%:100,000 VND
従業員負担合計:1,050,000 VND
6-2. 会社負担分
- 社会保険(BHXH)17.5%:1,750,000 VND
- 医療保険(BHYT)3%:300,000 VND
- 失業保険(BHTN)1%:100,000 VND
会社負担合計:2,150,000 VND
このように、対象給与が同じでも、従業員と会社で負担する金額は大きく異なります。人件費のシミュレーションや給与テーブルの設計時には、社会保険料を含めた総コストを把握しておくことが重要です。
7. 加入漏れ・計算ミスで起こりやすいトラブル
社会保険の加入基準や対象給与の設定を誤ると、次のようなトラブルにつながる可能性があります。
- 加入漏れが発覚し、数ヶ月〜数年分の保険料をまとめて遡及納付することになった
- 対象外の手当まで含めて計算してしまい、従業員から返金要求が出た
- 駐在員の扱いを誤り、税務調査で指摘を受けた
- 給与規定の改定後も、社会保険の設定を見直しておらず、計算ロジックが実態に合っていない
ポイント:
社会保険は「一度設定したら終わり」ではなく、給与規定や法改正に合わせて定期的に見直す必要がある領域です。設定や運用が属人化している場合は、特に注意が必要です。
8. まとめ:制度理解と運用ルールの標準化が鍵
ベトナムの社会保険加入の基準と計算方法は、日本とは異なる前提やローカルルールが多く、
初めて担当する方にとって分かりづらい部分が少なくありません。
しかし、ポイントを整理すると、
- 加入対象は「契約期間」と「雇用形態」で判断する
- 対象給与に含める手当を社内規程で明確に定義する
- 従業員・会社の負担割合と計算ロジックを標準化する
- 駐在員など例外ケースは専門家と方針を決めておく
といったシンプルなルールに落とし込むことができます。
制度の理解と同時に、「誰が見ても同じように計算できる仕組み」をつくることが、
ベトナム拠点の社会保険実務を安定させる近道です。
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