ベトナムで人を採用するとき、最初に設計すべきなのが「試用期間」と「契約期間」です。日本の感覚のまま試用を延長したり、有期契約を何度も更新したりすると、後になって労務トラブルや「意図せぬ無期化」を招くことがあります。採用の入口の設計ミスは、あとから取り返しがつきにくいのが実務の難しさです。
本記事では、労働法2019(Law 45/2019/QH14、2021年1月1日施行)に基づき、試用期間のルール、有期契約から無期契約への「転換ルール」、外国人労働者の特則、そして違反した場合の罰則までを、日系企業の実務目線で整理します。特に誤解されやすい「無期契約=終身雇用ではない」という点まで、正確に押さえていきます。
1. ベトナムの労働契約は「2種類」だけ
まず前提として、労働法2019(第20条)の下で結べる労働契約は2種類だけです。旧労働法(Law 10/2012)にあった「季節的契約(12ヶ月未満)」は、労働法2019で廃止されました。この2種類の違いを正しく理解することが、契約管理のすべての出発点になります。
| 契約の種類 | 期間 | 特徴 |
|---|---|---|
| 無期労働契約 (indefinite-term) | 期間の定めなし | 終了時期を定めない契約。後述の転換ルールにより「意図せず」無期化するケースに注意 |
| 有期労働契約 (fixed-term) | 発効日から36ヶ月以内 | 期間を明示した契約。連続して締結できるのは最大2回まで(第20条第2項) |
ポイントは、有期契約の上限が「36ヶ月」であること、そして「無期か有期か」の2択しかないことです。旧法の季節的契約を前提に短期契約を繰り返す運用は、現行法では通用しません。この2種類の枠組みの上に、次に見る「試用期間」と「転換ルール」が乗ってきます。
2. 試用期間のルール — 上限・賃金・回数
試用期間(Probation)は労働法2019の第24条〜第27条に定められています。日系企業がまず押さえるべきは、職種によって上限日数が異なるという点です(第25条)。
| 対象となる職種 | 試用期間の上限 |
|---|---|
| 企業管理者(executive/director) | 180日以内 |
| 短大卒以上を要する職 | 60日以内 |
| 中等職業資格・技術者・熟練労働者 | 30日以内 |
| その他(一般・単純労働) | 6営業日以内 |
賃金についても法定ルールがあります。試用期間中の賃金は、本採用時賃金の85%以上でなければなりません(第26条)。「試用だから半額」といった設定は違法です。
試用の方式は2つあります(第24条)。①独立した試用契約を結ぶ方式と、②労働契約の中に試用条項を含める方式です。なお、1ヶ月未満の契約には試用を設定できません。そして最も重要なのが回数の制限で、試用は1つの職につき1回のみ。延長したり、複数回試用したりすることは違法です。
試用期間中の解除は柔軟です。試用中は事前通知なし・補償なしで、企業・労働者の双方が契約を解除できます(第27条)。逆に、試用結果が良好であれば、企業には労働契約を締結する義務が生じます。「良好なのに本契約を結ばない」という対応は認められません。
3. 見落としやすい「試用期間と社会保険」
試用の設計で日系企業が見落としがちなのが、社会保険(強制加入)の取り扱いです。ここは方式(前述の①と②)によって結論が変わります。
試用の「方式」で社保コストが変わる
Decree 158/2025/ND-CP(2025年7月1日施行)により、次のように整理されました。
- ①独立した試用契約のみの場合 → 試用期間は社会保険の対象外
- ②1ヶ月以上の労働契約に試用条項を組み込んだ場合 → 試用期間も社会保険の対象
つまり、同じ「試用」でも組み方次第で社保コストが発生するかどうかが変わります。試用の設計は、日数や賃金だけでなく「どの方式で結ぶか」から検討するべきです。
4.【核心】有期から無期への「転換ルール」
本記事で最も重要なのが、この有期→無期の転換ルールです(第20条第2項)。ここを正確に理解していないと、気づかないうちに全員を無期契約に転換させてしまうことになりかねません。
ルールは大きく2つあります。
- 連続して結べる有期契約は最大2回まで(1本目+更新1回)。2回目の有期契約が満了した後も雇用を継続するなら、3本目は必ず無期契約になる
- 有期契約の満了後も労働者が働き続けている場合、満了日から30日以内に新しい契約を結ばないと、その契約は自動的に無期契約に転換される
流れを図解すると、次のようになります。
| ステップ | 契約 | 実務上の注意 |
|---|---|---|
| 1本目 | 有期(最長36ヶ月) | 満了後も継続なら30日以内に次の契約を締結 |
| 2本目 | 有期(最長36ヶ月) | 連続の有期はここまで。満了後も継続なら次は無期 |
| 3本目 | 必ず無期 | 有期での再契約は不可(一般労働者の場合) |
実務で押さえる2つの期限
- 「連続2回」の回数:有期は2回まで。3本目を有期で結ぶ運用は違法(例外は第6章で後述)
- 「満了後30日」の期限:有期満了後も働かせ続け、30日以内に新契約を結ばないと自動で無期化。更新手続きの遅れが、そのまま無期化リスクになる
5. 「無期契約=終身雇用」ではない【誤解の是正】
ここで、日系企業が最も誤解しやすいポイントを正しておきます。「有期から無期に転換すると、一生雇い続けなければならない」——これは誤解です。
無期労働契約が意味するのは、あくまで「期間の定めがない」ということであって、「解雇できない」ということではありません。無期契約であっても、法定の事由(経済的理由・能力不足・規律違反・事業縮小によるリストラなど)に該当し、かつ法定の手続きを踏めば、契約を解除することは可能です。
したがって「無期化=クビにできなくなる」と過度に恐れる必要はありません。ただし逆に言えば、解雇には正当な事由と適正な手続きが必須であり、これは有期・無期を問わず共通です。「終身雇用」という日本的な表現でイメージすると実態を見誤るため、無期契約は「期間の定めのない、通常の解雇ルールが適用される契約」と捉えるのが正確です。無期契約の解除事由・手続きの詳細は、解雇・懲戒ガイドで解説しています。
6. 外国人労働者の特則
駐在員や現地採用の外国人については、これまでのルールと大きく異なる特則があります(第151条第2項)。ここを混同すると契約管理を誤ります。
- 結べるのは有期契約のみ。外国人労働者と無期労働契約は締結できない
- 契約期間は労働許可証(ワークパーミット)の有効期間が上限。労働許可証は最長24ヶ月のため、契約もこれに連動する(第20条の36ヶ月の一般ルールより許可証期間が優先)
- 無期転換ルールは適用されない。第20条第2項は外国人労働者(第151条第2項)を明示的に除外しており、許可証の更新に合わせて有期契約を何度でも更新できる
つまり外国人については、「有期を2回で無期化」というルールを気にする必要はありません。むしろ管理の焦点は労働許可証の有効期限と契約期間を一致させることにあります。許可証が切れれば契約の前提が崩れるため、許可証の更新スケジュールと契約更新をセットで管理するのが実務のポイントです。
7. 陥りやすいミスと罰則
ここまでのルールを踏まえ、日系企業が実際にやってしまいがちなミスを整理します。
- 有期契約の3本目を締結してしまう(一般労働者。連続2回を超える有期は違法)
- 満了後30日を超えて放置し、意図せず無期化してしまう
- 試用の賃金を85%未満に設定する、上限日数を超過する、複数回・延長する
- 労働契約に試用を組み込んだのに、試用期間の社会保険加入を見落とす
これらの違反には行政罰が科されます。罰則はDecree 12/2022/ND-CP(2022年1月17日施行)で定められており、組織(企業)に対する罰金は個人の2倍となります。日系企業は原則「組織」に該当するため、以下の表の金額が適用されます。
試用に関する違反(第10条)
| 違反内容 | 個人(VND) | 組織(VND) |
|---|---|---|
| 1ヶ月未満契約者に試用を設定/結果を未通知 | 50万〜100万 | 100万〜200万 |
| 2回以上の試用/期間超過/賃金85%未満/良好なのに本契約を未締結 | 200万〜500万 | 400万〜1,000万 |
是正措置として、差額賃金の支払いや労働契約の締結が命じられます。
契約類型の違反(第9条)
無期にすべきところを有期で結ぶなど、不適切な契約類型を締結した場合の罰金は、対象となる労働者数によって5段階にスケールします。誤った類型で複数名を雇用していると、罰金額が一気に跳ね上がる点に注意が必要です。
| 対象労働者数 | 個人(VND) | 組織(VND) |
|---|---|---|
| 1〜10人 | 200万〜500万 | 400万〜1,000万 |
| 11〜50人 | 500万〜1,000万 | 1,000万〜2,000万 |
| 51〜100人 | 1,000万〜1,500万 | 2,000万〜3,000万 |
| 101〜300人 | 1,500万〜2,000万 | 3,000万〜4,000万 |
| 301人〜 | 2,000万〜2,500万 | 4,000万〜5,000万 |
組織の場合、最大で5,000万VNDの罰金となります。契約類型の誤りは「1件あたり」ではなく「対象人数」で膨らむため、運用のズレを放置しないことが重要です。
8. まとめ — 契約管理は「タイミング」がすべて
試用期間と契約期間の管理は、突き詰めれば「タイミングの管理」です。満了日・更新期限・試用終了日を人手やExcelで追っていると、「30日ルール」の見落としや更新漏れが必ず起きます。本記事のポイントを整理します。
- 契約は2種類だけ(無期/有期・最長36ヶ月)。季節的契約は廃止済み
- 試用は職種別上限・賃金85%以上・1職1回のみ。延長・複数回は違法
- 有期は連続2回まで → 3本目は必ず無期。満了後30日で自動的に無期化
- 無期≠終身雇用。法定事由+手続きを踏めば解除は可能
- 外国人は有期のみ・許可証期間が上限。無期転換ルールは適用されない
契約更新の「うっかり漏れ」をシステムで防ぐ
本記事で見た通り、契約管理のリスクの多くは「期限の見落とし」から生まれます。ベトナムの労務実務に対応したHR管理システム「EST」は、労働契約書の作成・契約更新の管理・自動契約更新に対応しています。契約満了日や更新期限をシステム上で一元管理し、「満了後30日で意図せず無期化」「更新手続きの漏れ」といったトラブルを未然に防ぎます。
さらに、試用期間や社会保険の設定も契約情報とあわせて一元管理でき、労働法に沿った契約書の作成を支援します。試用を労働契約に組み込む場合の社保対象の扱いなど、方式ごとの設計もシステム上で整理できます。
加えてESTは法改正への自動対応を備えており、担当者が条文の変更を常に追い続ける負担を軽減します。試用・契約期間という「入口」の管理を仕組み化することが、労務トラブルを防ぐ第一歩です。
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